薄暗い部屋に冷たい風が吹き込む中、ひとりの怨霊が姿を現した。
彼女の名はメリーさん。
白装束をまとい、赤い瞳が鋭く輝いている。
今日もターゲットを呪い殺すべく、家に忍び込む――はずだった。
しかし、暗闇の中で待ち構えていたのは……。
「お姉ちゃん!」
突如飛びついてきた小さな女の子に、メリーさんは思わず硬直した。
「ちょっと待て。今、『お姉ちゃん』って言ったか? おい、怖がるところだぞ? 普通、泣き叫ぶ流れだから。」
必死に威嚇するメリーさんだが、ルリと名乗る女の子は全く怯えないどころか、ニコニコして彼女にまとわりつく。
「うわっ! 離れろ、べたべたすんな! 私、怨霊だよ! いや、わかってる!? お姉ちゃんキャラじゃないからね!」
そう叫びながらも、結局その夜はルリのそばで一晩を過ごしてしまうのだった。
その後、メリーさんは何かと理由をつけてルリの家を訪れるようになった。
呪いを完成させるつもりだったのだが、どうも話が違う方向に進んでいる。
ルリの家では、義父が暴力を振るい、母親はそれを見て見ぬふりをしていた。
メリーさんはそれを目撃するたび、怒りがこみ上げてくる。
「いやいやいや、私、怨霊だけどさ! これ、呪いうんぬん以前に、フツーに人としてアウトじゃない? 」
義父を今すぐ呪い殺そうかと思いつつも、ルリが自立するまで待たなければならないと考えるメリーさん。
「はあ、これだから生きてる人間は面倒くさいのよね……」
そう言いつつも、彼女ができることといえば、
虐待の現場で扉を勢いよくバァン!と閉めたり、
義父を金縛りにして三日三晩動けなくしたり、
耳元で「呪ってやる呪ってやる……」と囁くくらいだった。
「……なんか地味ね。 私、もっとこう、ド派手な呪いしたいんだけど?」
文句を言いながらも、メリーさんは何だかんだでルリを守り続けるのだった。
ルリはそんな状況でも少しずつ強く成長していった。
学校では勉強を頑張り、たまに家にあらわれるメリーさんに「お姉ちゃん」と呼んで甘える日々。
「ちょっ、だからお姉ちゃんじゃないって! 私、怨霊! もっと怖がって!」
ルリの無邪気さに振り回されつつも、メリーさんは家に通い続けた。
数年後、ルリは無事に家を出て自立することができた。
小さなアパートで新しい生活を始めた彼女のもとに、久しぶりにメリーさんが現れる。
「お姉ちゃん!」
「だからお姉ちゃんじゃないっての! まあ、久々に言われると悪くない気もするけどね……」
ルリの成長した姿に安心したメリーさんの体は、徐々に薄くなっていく。
「えっ、ちょっと待って、私、消える感じ!? えー、いやいやいや、まだ呪い足りないし! こんなあっさり昇天コースなの!? マジか!」
「あ、でも……まあいいか。ルリがしっかりしてるなら、私も成仏ってことで。」
消えゆく直前、メリーさんは少し照れくさそうに微笑む。
「お姉ちゃん、ありがとう。」
ルリの言葉に、メリーさんは軽く手を振って消えていった。
メリーさんがいなくなった後も、ルリは彼女を忘れなかった。
どんな時も支えてくれた奇妙な「お姉ちゃん」。
彼女の存在はルリの中でいつまでも生き続けていた。
ルリは前を向いて歩き出すのだった。
終わり